過去の話 2

色々あって、「過去の話1」を書いてから随分間が開いてしまいました。
余りに開きすぎたので、ちょっと復習。

「過去の話1」では、スペイン語における動詞の過去形の整理の仕方が、1980年頃(恐らくスペイン本国では1970年代の後半)を境に変わったのではないか? という事を書いた。
で「過去の話」は、主にその過渡期に、昔のテキストでスペイン語を勉強された方たちの為の説明で、言ってみれば『過去における「過去の話」』。

余談ながら、この「過渡期」、日本においてはかなり長引いたのではないだろうか?
これは以前にも書いた事ですが、2003年にスペインから帰国した当初、書店ではやたら「速習本」の類が目に付いた。
以来、市販されている教材をチェックする事なく過ごしていたら、10年ぐらい経ってたまたま、語学教室のスペイン語クラスで先生のピンチヒッターをする事になり、その時、速習本ではない教材も出て来ている事に気がついたのです。

ごく私的で勝手な想像ですが、スペイン本国での新しい文法整理の仕方に沿って編纂された日本語の教材が作られるまでの過渡期が、何でも重厚長大なものより軽薄短小な方が好まれるようになった時代の流れと重なって、日本におけるスペイン語教材の「失われた20年」のようなものがあったんじゃあないだろうか? と思う。

なので、その長い過渡期に本屋さんに並んでた教材でスペイン語を勉強した方にも、もしかしたらお役に立つかもしれません。

そこで「過去の話」に戻って、それじゃあ完了過去(点過去)と不完了過去(線過去)ではどこがどう違うのか?
そもそも完了過去はいいとしても、不完了、つまり完了してない過去ってどういう事よ?

スペインに行く前は、この点過去と線過去の違いがよく分からなくても、文法なんだから覚えるしかないと、いわば丸暗記してたと思う。

例えば、行く-Ir という動詞の一人称の点過去(完了過去の単純形)は fui 、線過去(不完了過去)は iba、では

①Yo fui a la estación と ②Yo iba a la estación ではどう違うのか?

スペインの語学学校の先生は、このふたつには明らかな違いがあると断言した。
①の場合は確実に駅に行ったと分かるが、②だと、実際に駅に行ったのかどうか分からない! というのだ。

…そう言われてもねぇ…
①は「私は駅に行った」でしょ?
②は「私は駅に行っていた」? それとも「私は駅によく行ったものだ」?? 
でもどっちにしても「駅に行った」んじゃないの? 

点過去は「何々した」という言わば普通の過去で、それに対し線過去は「何々していた」とか「(よく)何々したものだ」とか、前後の状況によって判断して訳せばいいという程度の認識しかなかった生徒には、スペイン人の先生が言う明らかな違い、「駅に行ったかどうか分からない」という説明はピンと来なかった。

今ではスペイン人の先生の説明が実に的確だったと分かる。
その違いを日本語に消化して説明する事ができるようになったという事です。
でもそれが分かるようになったのはいつ、どんなシチュエーションでだったかは思い出せない。
スペイン語のネイティブと色んな話をする事によって、点過去と線過去の使用例が無意識の裡に蓄積され、自然に分かるようになったというしかないのです。

結論を言うと、fui は「行った」だけど、 iba は「行っていた」でも「行ったものだ」でもない。
iba は「行くところだった」「行こうとしていた」なのです。
これなら「行ったかどうか分からない」でしょう?

不完了過去の「不完了」の意味が分かり易いような例を挙げましたが、iba の訳が常に「行くところだった」とか「行こうとしていた」になる訳ではありません。
日本で最初に習ったように「行っていた(行きつつあった)」「(よく)行ったものだった」と訳せるようなシチュエーションもあれば、この後書くように、「行くんだっけ?」、「行くって言ってた」と取れるようなケース、更には仮定法で使われる線過去なんてのもある。
でも過去を表す時制としての完了過去と不完了過去の違い、完了・不完了の意味は、こう訳す事で分かり易くなるんじゃないでしょうか?

ここで又ごくごく私的見解を述べると、不完了過去の文には、もうひとつ別の文が隠れているのではないかと思う。

例えば、同時進行していた他の事や、その事が起こった、或いはその事をしていた時の時空間のようなものが隠れていると考えると、ニュアンスが分かり易いのではないか? という事です。

Cuando ocurrió el terremoto, yo iba a la estación. 「地震が起こった時、私は駅に行こうとしていた。」
Estabamos cenando cuando llamaron por teléfono.  「私たちは夕食をとっていた、その時電話が鳴った。」

このふたつの例は、不完了過去の動詞がある「主文」に対し、それが起こっている時や情況を表す副詞節となる「従属文」が隠れていると考える訳ですが、複文ではなくて重文の一部が隠れていたり、或いは従属文ではなくて、主文が隠れている場合もある。

例えば、¿Ibas a la fiesta? (「あなた、そのパーティーに行くんだっけ?」)のような文には「Dijiste que (あなたは言った)」という主文が隠れている、つまり省略されていて、間接話法の時制の一致で不完了過去になってると考えると、なんとなく納得しませんか?
Dijiste, “voy a la fiesta.” →→→→→ ¿Dijiste que ibas a la fiesta? (あなた、そのパーティーに行くって言ったっけ? 言ったよね?

どうでしょう?

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